インタビュー
2017年7月28日

面倒でも自分の日常にある野菜や果物などから栄養を摂る。有森裕子に聞く!ランナーのドリンク事情(後編)

 マラソンランナーにとって効果的なドリンクの選び方や摂り方などを、オリンピック2大会連続メダリストの有森裕子さんにインタビュー。後編では、フィジカルとメンタルの両面にわたって必要な日常的なコンディションづくりなどについて、お話を伺いました。

《前編はこちら》
・体と対話して自分に合ったドリンクを選ぶこと。有森裕子に聞く!ランナーのドリンク事情(前編)

一般ランナーがトップ選手に倣うことのリスク

——トップ選手のスペシャルドリンクに関心を持つ一般ランナーは多いものの、大会時にそういった個々のドリンクを持ち込めるのは招待選手や陸連登録選手などのトップ選手だけで、一般選手は認められていません(※主催者側が準備したゼネラルドリンクを摂取する)。となると、真似をしてみてもあまり意味がない……?

残念ながら、そうなりますね。練習でいつも飲んでいるものを試合で使えなければ、意味がありません。といっても、一般ランナーにとってもレース中の水分補給は重要です。エイドを上手に活用して適切な量を、適切なタイミングで行うことが大切です。マラソンという競技の非常に特殊な点に、トップ選手と一般選手がまったく同じ日、同じ時間に、同じラインに並んで、同じコースを走ることが挙げられます。そんな競技、他にはないですよね? それでランナーの人たちも立ち位置のようなものがごっちゃになって、勘違いしちゃって、場合によってはアクシデントなどにつながるケースもある。

——そのアクシデントとは、具体的にはどんなことですか?

たとえば、トップ選手が脱水症などでフラフラになりながらゴールする場面を、時々目にすることがありますよね。そのようなシーンに感化された一般ランナーが、「最後まで諦めない姿がカッコイイ……。私も!」なんて、無理を押して走り続けたら本当に死んじゃうんですよ。一般の人は、体に痛みなどを感じたら絶対に走ってはダメ。途中でやめないといけないんです。

私たちプロは走ることが仕事だから、痛くても走り続けなければならない。では、一般の人たちはなんのために走っているのでしょう。走ることが好きだとか、楽しいとか、健康のためとかですよね。

目的が異なれば、飲むもの、食べるもの、使う道具や走り方も変わります。トップ選手に憧れるのはいいけれど、競技への入り口や背負っている役割が違う人を真似ても、その人には決してなれないということを認識しておいてほしいですね。

——ではレースに関すること以外で、「これは一般ランナーにも効果的では?」ということがあったら教えてください。

ドリンクでいえば、パフォーマンスの向上を目的に練習や試合で飲むものではなく、体づくりのために日頃から飲んでいるものなどは参考していただいて良いと思いますね。

市販のものより手作りのドリンクが効果的な理由

——有森さんは、日常的にどんなドリンクを飲んでいたのですか?

私は、基本的に体に入れるものは自分で作りたい方で、市販のものや人が作ったものは嫌なんですよ。サプリメント類も取りませんし。人間の体に必要なタンパク質とか、鉄分、カルシウム、ビタミンなどを、これ一本、これ一粒で全部補えますよっていうのは本来、不自然なこと。また、サプリメントは不足している栄養分を一時的には補えるけれど、頑丈な骨や筋肉などしっかりとした体の仕組みまでは作れません。

だから多少、面倒でも自分の日常にある食品、野菜や果物などから栄養分を摂るようにしていました。それプラス、食品からはわずかな量しか摂れなかったり、吸収があまり良くない栄養分などは、機能性ドリンクでちょこっと補うくらいで十分。

——健康ドリンクを自分で作ることの、一番のメリットはなんでしょう?

体にとり入れるものって、それがどんな材料を使っていて、どんな成分が含まれていて、どんな効果があるかということを、自分がちゃんと分かっていないと機能はしません。なんとなく良さそうだからとか、○○選手も飲んでいるからとか、きちんとした知識を持たずに摂取しても期待する効果は出ないものなんです。

市販の飲み物に対しては、そこまで意識する人は少ないですよね。でも自分で作れば「今、これが不足しているから多めに入れよう」など、その時々の体のコンディションに本当に合ったものを摂ることができます。

——日常用のドリンクの飲み方について、気をつけることはありますか?

健康のためとはいえ、あまりジュースなどの飲み物にばかり摂っていると、内臓の機能が弱ってきてしまうので、しっかり噛んで食べる普通の食事もきちんと摂るようにしてください。唾液が出る、噛む、溶かすなど、いろいろな要素があって初めて、食べ物が栄養になると思うので。

それと、旬の食材を食べることは人間の体にとってとても大切です。その時期に最も栄養価が高くて、体も欲しているものですから。旬の食材を使った料理って、少しハードルが高く感じるかもしれませんが、外食なんて最高にオススメですよ。レストランの店員さんに「今が旬のメニューをお願いします」って言って、出されたものを食べればいいんだから(笑)。

2度目の五輪で得た最大の財産とは?

——普段の食事こそ栄養の宝庫なんですね。では、最後にメンタル面のコンディションづくりについてもアドバイスをいただけますか?

やっぱり「考えること」ですよ。自分に関わるすべてのことに対して。私は、マラソン選手として身体能力が特に優れているわけでもなかったので、その分、自分でも自慢できるくらいものすごく考えてきた。そうしなければできないこと、叶わないことが山ほどあったから。

何事においても日々、常に考えるようにしていると、逆にレース本番では何も考えなくても、体が自然と思い通りに動くようになるんです。だから、現役時代に試合で崩れたことはほとんどなくて、毎回、自分の持っている力を出し切って、予想以上の結果で終われていました。

——そうした積み重ねが、日本女子陸上界史上初の2大会連続メダルにつながった?

もし、バルセロナ大会を最後に現役を退いていたら、ここまで自分自身と向き合うことなかったかもしれないですね。五輪後に一回どん底に落ちて、さまざまな経験をした中からたくさんのことに気づき、とことん考えて、新たに見出すものができた。それが何よりの財産になりました。なので、アトランタの時は、またメダルが取れたことがうれしかったんじゃなくて、そういう時間が持つことができて、その上に結果も出せたことがうれしかったんです。

《前編はこちら》
・体と対話して自分に合ったドリンクを選ぶこと。有森裕子に聞く!ランナーのドリンク事情(前編)

[プロフィール]
有森裕子(ありもり・ゆうこ)

1966年生まれ、岡山県出身。日本体育大学を卒業後、リクルート入社。女子マラソンでオリンピック2大会連続メダルを獲得(1992年バルセロナオリンピックで銀メダル、1996年アトランタオリンピックで銅メダル)。2007年の東京マラソンを最後に、プロマラソンランナーを引退。現在は、日本陸上競技連盟の理事、スペシャルオリンピックス日本の理事長などを務める
【公式Twitter】@animo33

<Text:菅原悦子/Photo:野口岳彦>