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トータス松本×いだてん。現場で起こるセッションでいかに自分を表現するか:インタビュー前編 (1/3)

 日本人初のオリンピアンとなった金栗四三と、1964年の東京オリンピック招致に尽力した田畑政治を描いた、宮藤官九郎さん脚本によるNHKの大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~』。

 第2部に入り、これからロサンゼルス(1932年)とベルリン(1936年)の2つのオリンピックにおける、日本の水泳界の盛り上がりがメインに描かれます。ところで海外で奮闘する日本人選手の活躍を、スポーツ実況はどうやって国民に伝えてきたのでしょうか。実はそのあたりも、大きな見どころになっていきそうです。

 日本人女性初の金メダリストとなった、前畑秀子(演:上白石萌歌)の快挙を「前畑ガンバレ」の実況で伝えたのは、NHKスポーツアナウンサーの河西三省。『いだてん』では、トータス松本さんが演じます。インタビュー前編の今回は、アナウンサー役の難しさ、出演オファーがきたときの思いなどについて聞きました。

《続々更新中!いだてん出演者インタビュー》
●菅原小春×大根仁。日本女子スポーツのパイオニア・人見絹枝をいかにして演じたのか 
●阿部サダヲ「暗くなりがちな時代だからこそ、スポーツを通して明るくなってほしい」 
●黒島結菜「女子がスポーツに目覚める時代。この役を演じることができて良かった」
●森山未來「いかにして稀代の落語家を演じるのか」

[プロフィール]
●トータス松本(とーたす・まつもと)
1966年12月28日生まれ、兵庫県西脇市出身。アーティスト、俳優。ロックバンド・ウルフルズのボーカルとして、1992年にシングル『やぶれかぶれ』でデビュー。1995年、『ガッツだぜ!!』でブレイク。1996年のアルバム『バンザイ』でミリオンヒットを記録し、NHKの紅白歌合戦に出場。2001年には『明日があるさ』で2度目の紅白歌合戦出場を果たす。2003年、初のソロカヴァーアルバム『TRAVELLER』を発表。2009年、ウルフルズが無期限活動休止に。2014年、4年半の活動休止を経てウルフルズが活動再開。2017年には「椎名林檎とトータス松本」名義で『目抜き通り』を発表、NHK紅白歌合戦にソロとして初出場。俳優としても活躍を続けており、TVドラマや映画などに出演。大河ドラマは2010年の『龍馬伝』以来、2度目の出演となる。

●河西三省(かさい・さんせい)
運動部記者として新聞社に勤務後、NHK入局。「河西の放送を聴けば、そのままスコアブックをつけられる」と評されるほど克明な描写で知られた。1936年ベルリン・オリンピックでは、前畑秀子の凄絶なレース展開にふだんの冷静さを失くして「前畑、ガンバレ!」を20回以上も絶叫。日本中を熱狂させたラジオ実況は現在でも語りぐさになっている。

【あらすじ】第29回「夢のカリフォルニア」(8月4日放送)
いよいよロサンゼルス・オリンピックが開幕。日本水泳チームの総監督として現地に乗り込んだ田畑政治(阿部サダヲ)は、広大で美しい選手村で各国の選手たちが交流する姿を見て、これぞスポーツの理想郷と感激するが、その一方で日系人差別も目の当たりにするなど複雑な思いも抱く。全種目制覇を絶対の目標とする田畑は、本戦に出場するメンバー選びで非情な判断を下し、高石勝男(斎藤工)ら選手との間に軋轢あつれきを生む。田畑の執念は実を結ぶのか──。

アナウンサー然とした喋り方がすごい難しい

―― 河西アナウンサー役として実況放送に挑戦されています。話し方は、どのくらい練習しましたか。

僕は関西弁でしょう、これまでやらせていただいたお芝居の仕事では、標準語を使ったことがなかったんです。初めての標準語で、しかもアナウンサーというイチバン話し方が大事になる役柄で。でも逆に、現代人が日常会話で話す標準語だと違和感があると思ったけど、アナウンサーなので。芝居がかるからやれるかなと。セリフを話している感覚でやれば良いので、やれるかなと思ったんです。

でも、それが大きな間違いで、ものすごく難しかったです(笑)。そのアナウンサー的な発声というのは、最後までできませんでした。アナウンス指導の栗田(晴行)さん(※NHKアナウンサーで、今回アナウンス指導を担当している)も、途中で諦めていました(笑)。実況の場面は、僕なりのお芝居に振り切って、いまで言ったらエモーショナルな感じでやった方が伝わるなと思っていたんですけど、イチバン難しかったのは「ラジオをお聞きの皆さんこんにちは」っていうような、さりげない言い回しというか。「スイッチを切らないでください」とか、実況じゃない部分。「ベルリンの午後3時、日本時間の午後何時」みたいな、そういうの。「号砲一発、鳴りました―」みたいなことよりも、その前段階の、アナウンサー然とした喋り方がすごい難しいんです。

だから実感放送のところは、自分でもおもしろくできたんじゃないかなと思っています。アナウンサー的なところが難しかった。「こんにちは」という言葉をひとつとっても、全然オーケーが出なかったです。「こんにちは」がこんなに言えないのかっていう。

―― イントネーションをつけてはいけない、というようなことでしょうか。

いま言った「こんにちは」の「こ」でも、もう駄目なんですよ。「こ」を言う時に、雑音が入っちゃ駄目なんですって。で、少し甲高く言った方が、昔っぽさが出るという感じで。だから少し上ずった感じで、イントネーションを上げながらやっていくんですね。たしかに、聞き覚えがあるんですよ、昔の白黒の映像なんか、昭和の実況とかのフィルムを見たときに、確かにいまのアナウンスよりも相当高いトーンで喋っているんですよね、まぁ録音が悪いから余計、そういう風に聞こえるところもあるんやけど、そういうのがね、全然できなかったです。

―― 昔の録音を聞いて、近付けようとしたんでしょうか。

多少はしたんですけど、意味がないなと思って。モノマネのようにしてできるようになったところで、それがオーケーかどうか、自分の中でイマイチ疑問だったんですよね。どうしても自分の仕事になぞらえて考えてしまうんですが、例えば歌を歌うときに、人の歌をカバーしたりするときに、何回も聴き込んで、その人の歌っているように歌えたら、納得できるものになるのかと言うと、ただ単なるモノマネにしかならないんで。自分の個性みたいなものを、せっかくいただいた仕事の中に盛り込むとしたら、あんまり手本みたいなものを聞きすぎると、そっちに寄っていくなというのがあって、途中から聞くのをやめました。

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