2018年5月24日

赤いコートに魅せられて│連載「甘糟りり子のカサノバ日記」#13

 アラフォーでランニングを始めてフルマラソン完走の経験を持ち、ゴルフ、テニス、ヨガ、筋トレまで嗜む、大のスポーツ好きにして“雑食系”を自負する作家の甘糟りり子さんによる本連載。

 今回は、まもなく本戦がスタートする「全仏オープンテニス」について。クレーコートで行われる過酷な大会として知られますが、甘糟さんが抱く同大会への思い出や注目選手を教えてもらいました。

出産を経て復帰した“レジェンド”に期待

 錦織圭のフェイスブックをのぞいたら、パリで練習を始めたようです。そう、5月27日から、いよいよテニスの全仏オープン本戦が始まります。グランドスラムで唯一赤土のコートで行なわれる全仏は毎年楽しみな大会。もう十数年前のことですが、初めて生で見たのが全仏オープンの女子1回戦、セリーナ・ウィリアムズ登場のセンターコートでした。静かに燃えているような赤土のコートの美しさは今でも鮮明に記憶に残っています(グランドスラムを見に行ったことは、この時と全米の2回しかないのですが)。

 錦織も伊達公子さんもハードコートを得意としていることはわかっちゃあいますが、5月末の赤土の全仏、からの約1ヶ月後に開催される芝のコートのウィンブルドン、この時期が私にとってのテニス黄金シーズンなのです。赤土も芝も、本当にコートがきれいなんですよね。ナチュラルな色合いがシック。

 全仏オープンは、当然のことながら審判はフランス語です。中継画面の左下に出る数字を目で追っていないと、時々スコアがわからなくなります。デュースは「エガリテ」といい、フランス語の「イコール」です。頻繁にテニスをしていた頃、全仏オープンの開催の間は自分たちでゲームをする時も真似してフランス語のスコア縛りでした。みんなボールを追いかけることより、エガリテの発音をそれっぽくいうことに夢中になってしまったのもいい思い出です。

 ウィンブルドンの時期は白いウエア縛りでコートに集まったこともありました。ご存知のように、ウィンブルドンは服装の規制が厳しく、ウエアからシューズ、ソックス、ヘアバンド挙句は下着まで「白」でなくてはならない。生成色はNGだそうです。色だけでなく、かつてふくらはぎまでのカプリパンツがトレードマークだったラファエル・ナダルがダメ出しをされたり、ナイキによる女子のウエアが露出過多を理由に修正させられたり。選手からは不満の声も少なくないようです。ロジャー・フェデラーは「ウィンブルドンは好きな大会だが、服装の規制が厳し過ぎる」と声明を出しました。まあね、ルールを守ることが目的のルールになってしまうのはかっこ悪い。

 こんなふうに試合以外の風情を知ることも、私なりのグランドスラムの楽しみ方です。

 私は、グランドスラムのために WOWOWに加入しています。1回戦から時間の許す限り試合の中継を観る。日本人選手や応援している選手以外の試合も見る。そうすると、必ずどの大会も「台風の目」的な予想外に活躍する選手が出てきて、その選手がクォーターファイナルぐらいまで勝ち上がるのを見届けるのは独特の達成感があります。球足の遅い赤土のコートは、「台風の目」が生まれやすかったりしますよ。

 今年は単行本の追い込みと重なってしまい、そんな見方ができそうにありませんが、セリーナ・ウィリアムズに注目しています。言わずと知れた生けるレジェンドですが、昨年出産のためにツアーを離脱。私は勝手に、当時35歳の彼女は引退するものだと思っていました。帝王切開による出産はハードなもので、それをきっかけに持病の肺塞栓症を悪化させてしまいます。

▲セリーナ・ウィリアムズ

 今年3月に復帰したものの、大坂なおみにコテンパンにやられて負けたことは記憶に新しい。それ以来試合に出ていないセリーナですが、全仏には出場するそうです。しかもノーシード。1回戦からいきなり、ランキング上位選手対セリーナという決勝戦のようなカードになるかもしれないわけです。観る方はおもしろいかもしれませんが、これについて、往年の名選手であり、テニスブレスの元祖であるクリス・エバートは、「選手を守るべき」と反対の声明を出したそうです。

 セリーナ・ウイリアムズが行くところに物議あり、とはいい過ぎでしょうか。彼女はそれだけ新しいことを切り開いているのです。好きとか嫌いとかではなく、目が離せない、そういう存在です。彼女が身につけるウエアも、いつもスポーツウエア離れしていて&モードっぽくておもしろいし。あ、結局、そこか。テニスだからこそ選手のおしゃれも楽しみなんですよね。

[プロフィール]
甘糟りり子(あまかす・りりこ)
神奈川県生まれ、鎌倉在住。作家。ファッション誌、女性誌、週刊誌などで執筆。アラフォーでランニングを始め、フルマラソンも完走するなど、大のスポーツ好きで、他にもゴルフ、テニス、ヨガなどを嗜む。『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』『エストロゲン』『逢えない夜を、数えてみても』のほか、ロンドンマラソンへのチャレンジを綴った『42歳の42.195km ―ロードトゥロンドン』(幻冬舎※のちに『マラソン・ウーマン』として文庫化)など、著書多数。『甘糟りり子の「鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」』(ヒトサラマガジン)も連載中。

<Text:甘糟りり子/Photo:Getty Images>