インタビュー
2017年7月24日

ランニングで村を活性化!重見高好が取り組む「走る村うるぎプロジェクト」

 24時間走の国内最高記録を持つ重見高好さん。現在は長野県にある売木村(うるぎむら)に勤務し、あるプロジェクトの推進にも中心となって関わっています。それが『走る村うるぎプロジェクト』。その名の通り、“走ること”(=ランニング)によって売木村を活性化しようというものです。

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 実はこの取り組み、重見さんと売木村との運命的とも言える出会いから生まれたものでした。いったいどのようなプロジェクトなのか、お話を伺いました。

売木村は自分にとって“1人合宿地”だった

 実業団ランナーとして活躍した後、所属先だった大阪ガスを退職した重見さん。しばらくは、仕事を持たずトレーニングに集中することになりました。サロマ湖100kmウルトラマラソンで記録を出し、世界大会への出場権を得たい。その強い思いが行動となり、やがて売木村と出会うこととなります。

「仕事を辞めて、出身地である愛知県に戻りました。そこから猛練習を始めるのですが、そこで思いついたのが“高地トレーニング”だったんです。サロマ湖は私にとって最後のレースになると思っていたので、とにかく後悔したくありません。とにかくやれることは全てやろうと思って、約20日間の高地トレーニングを決めしました。とはいえ一度は競技を退いた身として、実業団などがよく利用するメジャーどころは、どこか後ろめたさがあったんですよね。そんなとき頭に浮かんだのが、中学生の頃に社会の授業で習った茶臼山。標高は1,400m以上あり、自宅からも近かったので高地トレーニングには最適だと思いました」

 付近には温泉や宿もあり、集落の中心部はフラットということから、茶臼山でのトレーニングを決めた重見さん。4つの山に囲まれており、理想の環境だったと言います。

「茶臼山での1人合宿を決めたわけですが、その滞在先が実は売木村だったんです。その当時、村の名前なんて知らなかったんですけどね。やがて20日間も走っていると、村でも噂になってくるわけですよ。雨でも走っていますから、変なやつが走っているぞ……って」

 20日間の合宿を終えた重見さんは、初のウルトラマラソンであるサロマ湖100kmで3位入賞。しかし情勢の関係から世界大会には出られず、もう1年のトレーニングを決めたのでした。

「あと1年トレーニングしようと決めた際、また売木村へ合宿に訪れました。すると、村の方々が私のことを覚えていたんですよね。ちょうど全村民運動会というイベントと滞在期間が重なって、そこで行われる4kmのマラソン大会に出るように言われたんです。当時、ずっと負け知らずだった方がいて、私とその方でどっちが速いのか……と。結果は私が勝ったんですが、そこからは子どもたちを中心にヒーローですよ。村長とも繋がりができて、なんとなく受け入れてもらったような気がしました」

売木村からの声がけで単身赴任を決意

 売木村で二度目の合宿を終え、サロマ湖の前に臨んだのが秋田での100kmマラソン。そこで2位という結果を残した重見さんは、御礼を伝えるため再び売木村を訪れたと言います。

「実は秋田では、Tシャツに売木村のステッカーを貼って走ったんです。そのくらいお世話になりましたから。そして秋田での結果報告に伺ったわけですが、後日、村から一本の電話が入ったんです。この電話が、私に大きな転機を与えてくれることになりました」

 村から入った一歩の電話。その内容は、「仕事がないなら売木村で働かないか」というものでした。もちろんランナーとしての重見さんの取り組みは理解しており、マラソンは続けて構わないとのこと。この声がけを受け、重見さんは売木村への単身赴任を決意。合宿誘致を中心とした『走る村うるぎプロジェクト』に中心となって関わることとなったのでした。

 重見さん自身が合宿地として利用した売木村は準高地であり、ランニングをはじめとした競技トレーニングには最適です。自然溢れる環境に身を置けば、心のリフレッシュにも繋がるでしょう。その環境を活かし、プロジェクトでは学校やチーム等の合宿誘致に力を入れています。

 また、村民を対象にウォーキングやランニングの教室も開催。もちろん重見さん自身も売木村でのトレーニングを選手として継続しており、まさに村をあげてランニングによる活性化に取り組んでいると言えるでしょう。

売木村に対する重見さんの思い

 偶然とも言える出会いから、売木村での活動を始めた重見さん。ランナーとして走るうえで、売木村に対する感謝の思いは非常に強いものがあります。

「私は現在、売木村と共生しています。ウルトラマラソンという競技に取り組むことで、売木村、ひいては社会に貢献できる。そのために走っているんです。特に24時間走は心体の力がとても重要。日々のトレーニングで磨いていくわけですが、これはランニングに限らず大切なことだと思います。走り続けることで、売木村にそうした精神を伝えていきたいですね。そして私自身の走るという身体表現によって、村の活性化に繋がっていければうれしいです」

 世界大会という目標のために取り組んでいたマラソン。しかし現在は、売木村への貢献がその大きな意味を持っているようです。それは売木村に対する恩義だけでなく、実際に走ることで、重見さんが売木村という環境を心から気に入ったからこその思いではないでしょうか。

売木村を実際に走ってみた

 すでに今年は1300名もの合宿予約が入っているという売木村。私もランナーの1人として、やはり“どんな場所で走れるのか”が気になるところです。そこで重見さんへのインタビュー後、少し周辺を走ってみました。

 売木村には、おすすめコースが7つ用意されています。それぞれ距離や起伏の度合いなど異なり、走力や時間などによって使い分けが可能。各コースのスタート地点には、それを示す看板が掲げられています。

 コースは役場などで地図を配布していますが、コース上にも距離表示が。初めて売木村を訪れる方でも、迷わずトレーニングできそうです。私も「道に迷わないか」と不安でしたが、この距離表示があったので安心して走れました。

 峠を含むコースには、なかなか走りごたえのあるアップダウンがあります。登り、そして下りは平地とは違った鍛え方ができるでしょう。木々に囲まれたコースは清々しく、暑い時期でも走りやすそう。景色を楽しみながら風を切って走ると、あっという間にゴールしてしまうかもしれません。

 舗装路のほか、こうしたダートコースも用意されています。こちらはケニアの選手が合宿に訪れた際、実際に走っているコースとのこと。砂地、そして草の上など、あえて整備し過ぎないコースは、ロードとは違った楽しさがあります。

 村にはいくつかアイシングスポットがあり、この『岩倉ダム』もその一つ。走って疲れた身体をクールダウンするのに最適です。岩倉ダムは水位が上昇すると泳げるため、マラソンだけでなくトライアスロンの練習にも良いのだとか。水は透き通っていて、入ったらとても気持ちよさそうです。

 ちなみに、売木村ではレンタサイクルも貸出されています。合宿では、監督やマネージャーの併走用によく利用されているとのこと。もちろん友人・家族と訪れ、走らない人は自転車で移動……というのも良いでしょう。

 いつもと違った、自然あふれる準高地でのランニング。それは走力アップだけでなく、自分の走りを見直したり、気持ちをリフレッシュさせたりするのにも良いのではないでしょうか。私は短い滞在期間ながら、「また走りに来たいな」と心から思いました。それは自然環境だけでなく、村で出会った人々の温かさがあったかもしれません。食堂や宿泊先などで地元の皆さんと会話させていただき、とてもアットホームで優しい雰囲気を感じ取りました。

「いつもと違う環境でランニングを楽しみたい」
「自然の中でさらに走力をアップさせたい」

 そんな思いを持たれている方は、ぜひ売木村を訪れてみてください。売木村を走ることで、重見さんの持つ強さの一端が垣間見えるかもしれません。

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《関連サイト》
・走る村うるぎプロジェクト
http://www.urugi.jp/shigemi/

[プロフィール]
重見高好(しげみ・たかよし)
1982年生まれ、愛知県出身。中央発條、大阪ガスの陸上部にて実業団ランナーとして活躍。大阪ガスを退職後はウルトラマラソンに挑戦し、初出場したサロマ湖100kmウルトラマラソンで3位入賞(6時間43分55秒)。2013年に神宮外苑24時間チャレンジマラソンで初となる24時間走に挑戦し、269.225kmの国内最高記録で優勝を果たす。現在は長野県にある売木村にて、地域おこし協力隊として勤務。『走る村うるぎプロジェクト』を中心となって推進している
【HP】http://shigemi.me/

[筆者プロフィール]
三河賢文(みかわ・まさふみ)
“走る”フリーライターとして、スポーツ分野を中心とした取材・執筆・編集を実施。自身もマラソンやトライアスロン競技に取り組むほか、学生時代の競技経験を活かし、中学校の陸上部で技術指導も担う。またトレーニングサービス『WILD MOVE』を主宰し、子ども向けの運動教室、ランナー向けのパーソナルトレーニングなども行っている。3児の子持ち。ナレッジ・リンクス(株)代表
【HP】http://www.run-writer.com

<Text & Photo:三河賢文>